私は以前、コロンビアのエメラルド鉱山に行
ったことがあります。
その鉱山は、末端の市場価格で1000万円を超
えるエメラルドを、多く産出している事で有
名な世界一の鉱山として知られており、同時
に世界の宝石鉱山の中で最も危険な場所とし
ても知られていました。
富裕な婦人の胸に輝くエメラルドは、そこに
たどり着くまでに、多くの人が犠牲になって
いると言われています。
現代においてもそんな事があるのか、私は自
分の目で確かめてみたくなったのです。
このプログでは、宝石の権威・米国宝石学協会・GIA公認の宝石鑑定士であり、25年以上に渡ってダイヤモンドのバイヤーを行なってきた私が、以前コロンビアのエメラルド鉱山に行った時の稀有な体験をお伝えいたします。
結婚指輪や婚約指輪の購入を考えている、そして宝石に興味があるあなたに、是非読み進んでいただきたいと思います。
あなたの知らない、宝石ビジネスの裏側を知っていただけたら幸いです。
■ 序章
ダイヤモンドのバイヤーである私が買い付け
に行くのは、ベルギーのアントワープやイス
ラエルのカッターのオフィスです。
ダイヤモンドの採掘鉱山は、南アフリカやザ
ンビアといった場所にありますが、バイヤー
がそういった採掘現場に行く事はありませ
ん。
理由は危険が伴うと言うことと、ダイヤモン
ドの採掘現場は、採掘権を持った企業の管理
下で行われている為、そもそも入る事が出来
ません。
ただし、エメラルドやルビーの場合には、採
掘場にダイヤモンドの様な高度なカルテルが
結ばれていない場所もあり、そういった所に
は、一攫千金を求めて沢山の一般の人々が集
まって来るのです。
今回お話するコロンビアのエメラルド鉱山、
「 ムゾー鉱山 」は、そういった所でした。
1.最も危険な国の最も危険なエメラルド鉱山・ムゾー
エメラルドは、その目の覚める様なグリーンカラーで有名な、誰もが知る5月の誕生石です。
エメラルドのムゾー鉱山は、南米コロンビア
にあります。
この鉱山から採掘されるエメラルドは、世界
一の品質で有名であり、末端価格で5000万円
を超えるものを多数産出しています。
それ故に、この鉱山には一攫千金を夢見て、
世界中から人々が集まって来ます。
同時に非常に危険な場所であり、もし地中か
らエメラルドを発見しても、決して
「 ヤッター、見つけたぞ !」などといってはいけない。
なぜなら、その直後に隣で採掘していた人間
に銃で撃たれてそのエメラルドは奪われ、自
分は死体になる、そう言われているのです。
ただし、この鉱山があるコロンビアという国
もまた、南米では隣のベネズエラと並んで、
最も危険な国と言われているのをご存知でし
ょうか。
コロンビアは麻薬組織のマフィアが支配する
国で、麻薬密売や、武装集団による強盗、誘
拐、殺人などの犯罪が全国で横行していま
す。
コロンビア政府も武力を持って麻薬組織の壊
滅に動いていますが、マフィアの資金も強大
であり、政府資金の何倍もあると言われてい
ます。
エメラルドの取引もまた、その多くがマフィ
アのカルテルによって支配されており、他国
の宝石ビジネスと比べても特別と言えます。
ちなみに。2016年 11月 にコロンビア第2の都市メデジンにて、旅行中の一橋大学生が拳銃で撃たれて死亡しました。
スマートフォンを奪った犯人グループに撃た
れたのです。
そんな国にある宝石鉱山に行くのは、映画 イ
ンディージョーンズの世界そのものでした。
2.エメラルドの国 コロンビアへ
コロンビアの首都ボゴタは、人口770万人、
南米第3位の大都市であり、標高2600mの高
地にあります。
アメリカ、ロスアンゼルから飛行機で約4時間で、コロンビア行きの搭乗に当たってのセキュリティチェックは、他の便の比ではなく、最高レベルの検査を受けます。
ちなみに日本からコロンビアへの直行便はあ
りません。
同じ機内で、偶然にビジネスマンと思しき日
本人を見つけ、話しかけたころ予想通りエメ
ラルドのバイヤーでした。
コロンビア、ボゴタ行きの飛行機に乗る日本
人は、エメラルドかコーヒーのバイヤーくら
いしかいないと予想していたので、ラッキー
でした。
そこで、買い付けに行くボゴタのオフィスま
で同行させてもらう事になりました。
エメラルドを買い付けるオフィスの中では、
世界から集まったビジネスマンたちが商談を
行う為に、セキュリティは万全な環境に保た
れています。
ただそのオフィスから一歩外に出ると、路上の至るところで、エメラルドの商談がおこなわれており、ボゴタはやはりエメラルドのメッカだと感じました。
ボゴタのオフィスで、エメラルドのディール
を見学させてもらいながら、昼食時間にな
り、実はムゾー鉱山に行きたい旨を話したと
ころ、そこにいたオフィスのスタッフ全員か
ら猛反対されたのです。
話しを聞いてみると、エメラルドのビジネス
に何十年も携わっている、そのオフィスのス
タッフの中で、エメラルドの鉱山に行った経
験のある人はおらず、ましてや最も危険なム
ゾー鉱山に行った事のある知り合いもいない
といいます。
ムゾー鉱山に行って、生きて帰って来られる
保証はない。
絶対に勧めないが、どうしてもという事であ
れば、以下の準備が必要だとのこと。
• 案内人とボディーガード
• 日本領事館への事前報告
• 拳銃の所持
これらの条件を聞いたときには、さすがにひ
るみました。
ただ硬い意志を告げると、その会社の副社長
も同行したいと言うことになり、コーディネ
ートしてもらうことになったのです。
スタッフたちは、副社長に行かない様に説得
していたのを今でも覚えています。
3.住所も地図にも存在しないムゾー村
ムゾー鉱山は、ボゴタから車で山間を約9時間かけて行きます。
出発当日、朝6寺にオフィスに集合した際に、ボディーガードを3人紹介され、そのリーダーは英語を喋る事が出来る、とても温和で笑顔を絶やさない、気のいいおっちゃんでした。
他の2人は、余計なことは喋らないプロの趣きで、後から聞いたのですが、そのうちの1人は金で殺しを請け負う人間とのことで、ある意味最高のボディーガードたちだったのです。
その割に、3人合わせて3日で300ドル、約3
万円で、激安でした。
道中は舗装などされていない道を、山奥深く
入っていきます。
もともとボゴタは、2600mの山間の都市では
ありますが、途中何が出てきてもおかしくな
い所を、休憩をとりながらひたすら車を走ら
せていくのです。
2寺間ほど走った時にいきなりトラブル発生です!
兵士による検問で止められました。
肩にはM-16の機関銃を持つ武装兵です。
ボディーガードに聞くと、ゲリラ側の衛兵に
よる鉱山への検問らしいのです。
コロンビア政府の兵士ではなく、政府に敵対
する武装ゲリラの検問には、さすがのボディ
ーガードも慌てていました。
兵士に向かって、リーダーがいろいろと説明
をしているのですが、兵士の顔は硬いままで
す。
もし彼らが気に入らなければ、山奥に連れて
行かれて殺害されてもおかしくない、とても
危険な状況です。
死を覚悟した瞬間でした。
さあ、どうする!
衛兵たちの視線は当然私に注がれています。
恐らく彼らは、こんな山奥で東洋人など一度も見た事がないのでしょう。
とっさに車の窓を開けて、
『 日本から取材で来た。コロンビアの素晴ら
しいところを沢山報道したい。なんとか通してくれないか。』
と言って、満面の作り笑顔で、日本で買った
安物の腕時計を差し出したのです。
そうすると
『 ハポネス?! ムイ ブエノ 』
日本人?! OKだよ
そんな感じで快く通してくれたのです。
南米での日本人の印象は非常に良く、ある種
の尊敬の念を感じる事もあります。
ボディーガードも、私が日本人だった事が良
かった、もし私がいなければかなり危ない状
況だったと感謝の念を伝えてもらったので
す。
その後から、ボディーガードの私に対するレ
スペクトは違うものになりました。
その後、いきなり景色がひらけた所で集落が
現れたのです。
ムゾー鉱山に採掘に来た人々が住み着いて作
られた集落、ムゾー村です。
ムゾー村には住所がなく、そして政府発行の
地図にも載っていない、公には存在しない村
なのです。
電気は引かれているようですが、ネットや電
話も制限された環境での生活です。
ここからいよいよムゾー鉱山へ向かいます。
4.欲望のエメラルド鉱山は死と隣り合わせ
到着したのが午後3時半、ムゾー鉱山は歩い
て45分の所にありますが、今から動くと日が暮れてしまいます。
夜道のムゾー鉱山は危険過ぎるとのことで、明日朝から向かうこととなり、本日は準備をしながらボディーガードのレクチャーを受けることになったのです。
何のレクチャーか? 勿論拳銃の扱い方です。
講師は例の殺し屋ボディーガードです。
渡されたのはリボルバータイプで、両手での
ホールドの仕方、身体との距離、相手へ発砲
する時の距離などを教えてくれました。
また、実際に森に向かって何度も発砲の練習
をしましたが、この時になって初めてとんで
もない所に自分が来た事を自覚したのです。
彼が言っていた事で最も印象に残っているの
が、
『 大切な事は、危険な相手かどうか予見する
こと。危険な匂いがする所、人間には近づかないこと。』
百戦錬磨の殺し屋と話したのは、後にも先に
もこの時だけでしたが、世界は違えどプロの
言うことには引き込まれるものがありました。
そして翌朝早くに、ムゾー鉱山に入ったので
す。
まず目に入って来たのは、緩やかな水流斜面
で採掘をする、おびただしい数の人、人、人
です。
彼らは一般の人々にて、思い思いのスタイル
でひたすら地面を掘っています。
その中にはまだ中学生位の男の子から10歳前
後の子供まで、まるで家族で潮干狩りに来て
いるように見えますが、全員ムゾー村に住ん
でいて、毎日来て掘っているとのことです。
時折り人だかりが見えます。
その中心には、ルーペ片手に、エメラルドの
鉱石と思しきものを見ながら現金を渡してい
ます。
彼らは現地の買い付け人とのこと。
そうこうしていると、しだいに私に対して視
線が集まってきます。
ムゾー鉱山に東洋人はとても目立ちます。
日本人と分かると、直接買い付けに来たと思
ったのでしょう、私に多くの人が手を出して、エメラルドを見せに来るのです。
そして人だかりが出来たところで、リーダー
が、
『 まずいよ、これは。他の現地の買い付け人にしてみれば、いきなりよそ者の日本人バイヤーが鉱山にまで来て、質の良いエメラルドを、全て買って行くつもりだと 思われてしまう。
彼らもマフィアなので、トラブルは避けた
い、仁義は切っておく必要がある 』
それで、現地バイヤーの親分のような人間に
挨拶に行ったのです。
そこで自分は日本から来た報道の人間で、コ
ロンビアの番組を作っており、報道したい旨
を告げました。
そして、その買い付け人が持っているエメラ
ルドを土産に買って帰ると話したところ、自
分をいたく気に入ったようで、このムゾー鉱
山を案内してくれることになったのです。
また、彼も日本人と商売がしたいので、是非
会社を紹介して欲しいと言って笑顔で話して
いました。
それを見ていたボディーガードたちは、マフ
ィアからこんな扱いを受ける日本人のブラン
ド力に感心していました。
これは、コロンビア滞在中に幾度となく感じたことですが、努力家で経済力のある、まじめな日本人に対して、彼らは好意を持って接してきます。
日本人は別格扱いなのです。
鉱山をある程度上がっていったところで、こ
れより上は、企業直轄の採掘場所なので入る
ことは出来ないとのことです。
確かにしっかりとヘルメットをかぶり、坑道
の入口のような所から人が出入りしていまし
た。
ただ、一般の人がこれほど自由に出入り出来る宝石の鉱山も珍しく、それが毎年エメラルドの億万長者を輩出している所以でしょう。
ちなみに、一年間掘り続けて億万長者になっ
た人は少なくありません。
厳しい世界ではありますが、夢とロマンが確
かにあると感じました。
ただ一方では、1週間で4、5人の死者が出ているのも事実で、死因などは確かめられることなく、森の中に埋葬されているとのことで
す。
私たちは、今回幸運にもマフィアの元締めに
付き添ってもらったので、特に危険も無く見
て回る事が出来ました。
時計を見ると午後3寺半にて、そろそろ帰る時間です。
夢、幻のような世界を後に帰路につきまし
た。
ボゴタのオフィスに無事帰って来た時には、
夜中の0時近くでしたが、例のオフィスのスタッフたちが同行した副社長の帰りを待っていました。
後で聞いた話ですが、武装ゲリラに途中襲わ
れて、殺される事件が多発していた時期で、
もう二度と行っては行けないと念押しされま
した。
今でも、あの時に見た光景が目に焼き付いて
いますが、夢だったのか現実だったのかわか
りません。
いかがでしたでしょうか。
宝石ビジネスは、きれい事だけでは済まされない、厳しい世界だと改めて感じたのでした。
筆者
ヨーアンドマーレ代表
GIA・GG 米国宝石学協会 鑑定士 島田 洋輔
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